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自己責任で。

小さな話をタレ流す雑記ブログ

長時間労働は”死”に対する恐怖心を奪ってしまう

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電通で再び悲劇が起きてしまいました。
 
自らの命を絶つという決断に至った心情を察するに、24歳という年齢はあまりにも若く痛ましい。このような悲しい結末となった背景には、常態化した長時間労働があるようです。
 
ブラック企業ワークライフバランスなどと叫ばれて久しいですが、日本の労働環境は本質的に何も変わっていないのでしょうか。

 

過年ブラック企業大賞に名を馳せている企業のノミネート・選考理由を見ていると、やはり長時間労働が原因とみられる過労死が多く取り沙汰されています。
 
なぜ長時間労働が死へと追いやるのか、少し私なりの経験をお話します。
 
 

長時間労働をしている時の精神状態は普通ではない

 
私自身ブラック企業に長年勤めていました。
 
最も長時間労働を強いられていたのは、今から15年ほど前になるでしょうか。管理職になったばかりの私はまだ20代でした。当時の残業時間は、1ヶ月あたり150時間ほど。厳密に計算すればもう少し多いはずです。
 
この頃の1日の生活は、朝6時に起きて8時から23時過ぎまで仕事。24時までに退社出来るよう心がけていましたが、深夜に及ぶことも多くありました。
 
帰宅途中に晩御飯を5分で済ませて、家に帰るのは0時〜1時の間。睡眠時間は平均すると5時間弱です。休みは1週間に1日で、呼び出されることもしばしば。2週間ぐらい休みがないなんてことはザラでした。
 
販売の仕事をしていたため営業時間はずっと店にいなければならず、閉店後に片付けや集計業務をするためこのような長時間労働が続く生活となってしまうのです。俗に言う『名ばかり管理職』で残業代はありませんし、有給休暇も取得出来ませんでした。
 
この時の私は『死んでしまうかも』と漠然と感じていました。しかも危機感とか恐怖心はなく、まるで他人事のようにそう感じていたのです。おそらく頭の中は正常な状態ではなかったのでしょう。
 
そして、わずかな自分の時間で生命保険の見直しをしました。自分が死んだ時に、なるべく周囲へ迷惑がかからないようにと心構えをしていたのです。
 
もちろん今考えるとおかしな行動ですが、精神的に疲弊していたのでしょう。このように長時間労働が続くと冷静な判断力を失います。毎日を惰性で過ごすようになり、生きることに対する執着心が薄れていくのです。
 
 

なぜ仕事を辞めないのか

 
しかし過酷な労働環境にありながら、私は転職という選択が出来ませんでした。
 
なぜなら同僚が似たような環境で仕事をしているため、それが普通だと思っていたのです。みんな頑張っているし、大変なのは自分だけじゃない。これがサラリーマンなのだ、と勝手に納得していました。
 
長時間労働が常態化している会社で働いていると、それが当たり前だと錯覚してしまいます。特に社会へ出て間もない新入社員は、ヤル気・体力ともにある年齢でそういう環境に慣らされてしまうのです。
 
そこにパワハラなどの追い討ちがあれば転職という決断に至るのでしょうが、当時の私は人間関係に恵まれており、何より第一線で仕事をしているという自負さえありました。
 
目の前の仕事にひたすら取り組むことで、働く目的を見失っていたのでしょう。そうした状況を冷静に判断するには、あまりにも人生経験が少なすぎました。
 
いくら大変とはいえ仕事が徐々に出来るようになってくると、あえて転職という困難な道を選択する気力が失せるものです。何より『職歴に傷がつく』という変なプライドが邪魔をしていました。
 
 
 
 

生きていくために必要なもの

 
こうして長時間労働に耐えながら仕事を続けていると、当然ながら暇な時間がありません。
 
すると次に失われるものは『欲求』です。お金を得ることで様々な欲を満たすことが出来ますが、それらを欲しがらなくなります。
 
例えば、
 
・おしゃれな服を買いたいけど、どうせ着る機会がない
 
・美味しいものを食べに行きたいけど、どうせゆっくり出来ない
 
・旅行へ行きたいけど、どうせ休みが取れない
 
・もっと広い家に住みたいけど、どうせほとんど家にいない
 
・恋人が欲しいけど、どうせ会う暇がない
 
・・・など々々。
 
こうした欲求を持つことはとても大切です。なぜなら生きる目的が『生活>労働』となるからです。しかし時間がないことを理由に様々な欲求を抑えるような思考が自然に働くのです。
 
こうした考えが頭を支配するようになると、労働は手段ではなく目的になってしまいます。仕事が生きがいだという人ならそれで良いかもしれませんが、そうでない人にとっては生きる目的を見失ってしまいます。
 
 

若い人ほど危険な長時間労働

 
既述の通り、ブラック企業大賞にノミネートされていた企業の選考理由を読んでみると長時間労働による過労死が多く挙げられています。そして特に気になるのは、これらの多くが20代の若者であることです。
 
社会経験の浅い頃は長時間労働といっても基準がよく分かりません。サラリーマン=大変という一般論もありますし、また若いうちは体力的にも多少の無理が可能です。
 
ですが長時間労働は、徐々に精神的な疲弊を招いていきます。私がそうであったように、時間に余裕がなくなると様々な欲求が失われ働く目的を見失うのです。
 
結婚して家族や家庭などがあれば、それが支えになるでしょう。しかし若い人ほどそうした『心のよりどころ』もありません。
 
無知で、体力があって、かつ執着するものが少ない。こうした条件の揃った若い年代ほど、長時間労働の被害者になりやすいのではないでしょうか。
 
 

あとがき

 
なにやら社畜自慢のようになってしまいましたが、同じような体験をしている人は少なくないと思います。特にバブル崩壊後の苦難を乗り越えて来た世代は、思い当たる節があるのではないでしょうか?
 
また、大手企業だから安心とは限りません。むしろブラック企業と呼ばれているのは大手ばかりです。会社が業績を伸ばしているということは、人的な犠牲が伴っている可能性もあるのです。私がそうでしたから。
 
折しも安倍内閣による『働き方改革』が始まったばかり。出鼻をくじく格好となった今回の電通事件は、今後の改革でどう影響するのでしょうか。
 
待ったなしの様相を呈するなか、先日行われた第一回目の働き方改革実現会議で一番目に取り上げられたのは『非正規雇用の処遇改善』というテーマ。残念ながら『労働時間の是正』は三番目でした。
 
会議では『一億総活躍』や『GDP600兆円』という旗振りが賢(さか)しげにされていましたが、冷ややかな目で見守る労働者も多いはず。これ以上ガッカリさせないでほしいものです。
 
 
 
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